かつてスコットランドの独立をかけて戦った一人の英雄の記憶がスターリングの地に聳える塔に息づいている。
ナショナル・ウォレス・モニュメントは石積みの建造物を超え国民の熱意と寄付によって築かれた「生ける記憶」として19世紀のスコットランド民族意識の高揚を今に伝える。
このモニュメントが建立された背景にはスコットランドが「北ブリテン」としてのアイデンティティの曖昧さから自らの民族的誇りを再発見しようとした時代の潮流があった。
建築家ジョン・トーマス・ロッヘッドが設計したこの高さ67メートルのゴシック様式の塔は1861年に建設が始まり8年の歳月をかけて1869年に完成した。
建設地がスターリング近郊のアビー・クレイグと定められたのには深い理由がある。
ここは1297年、ウィリアム・ウォレスがイングランド王エドワード1世の軍勢を偵察しスターリング橋の戦いにおいて歴史的勝利を収めたとされる地点なのである。
モニュメントはこの英雄の業績を称えると同時に戦いが繰り広げられた現場を静かに見下ろす。
この記念碑の建立は政府ではなく一般市民からの寄付によって賄われ、その資金調達は容易ではなかった。
にもかかわらず完成を見たという事実はウォレスという人物がスコットランド人にとっていかに重要な意味を持っていたかを物語る。
さらに印象的なのはイタリア統一運動の英雄ジュゼッペ・ガリバルディなど海外の支援者も建設資金を提供した点である。
これは自由と独立を求めるウォレスの闘いが国境を越えた共感を呼び起こした証と言えよう。
塔内部は歴史の重層的な学びの場となっている。
訪れる者はまず246段の螺旋階段を登りながら各階に設けられた展示室を巡る。
第一レベルではウォレスの生涯とスコットランド独立戦争に関する展示が行われ、第二レベルには「英雄の間」としてロバート・ブルースをはじめとする著名なスコットランド人の胸像が並ぶ。
特に見逃せないのは全長1.63メートルにも及ぶウォレスの剣である。
この巨大な武器は英雄の物理的な力強さだけでなく彼が担った困難の大きをも物語るようだ。
頂上の「クラウン」と呼ばれる展望台に立った者にはスコットランドの歴史的風景がパノラマのように広がる。
北にはオチル丘陵、東にはフォース川が蛇行する谷間、南にはスターリングの街とそびえ立つスターリング城、西にはトロサックス山群とローモンド湖を望むことができる。
この風景自体がウォレスが守ろうとしたスコットランドの国土の美しさを実感させる。
このモニュメントの物語は過去にのみ留まらない。
1995年、メル・ギブソン主演の映画『ブレイブハート』が公開されるとウォレスのイメージは世界的なものとなった。
しかしこの現象は歴史的正確さよりも神話的英雄像が人々の心を捉えることを示す事例ともなった。
1997年にはモニュメント駐車場に『ブレイブハート』のイメージを模したウォレス像が設置されたが、これは歴史考証を軽視しているとして一部から批判を招いた。
像が「Braveheart」と刻まれた盾を持っていることからも歴史的なウォレスというよりは映画のイメージを強化するものだ。
このエピソードは歴史的人物が後世の人々によって如何に再解釈され時には変容されていくかを如実に示している。
ウォレスの実像は歴史上わずか7年間しか記録に現れないにもかかわらず、その存在はスコットランドの国民的アイデンティ形成において中心的な役割を果たし続けている。
ブラインド・ハリーによる15世紀の叙事詩が英雄としてのウォレス像を創り出し19世紀の国民運動がそれを記念碑として具現化し20世紀の映画がそれを全球的に普及させたのである。
ナショナル・ウォレス・モニュメントはスコットランド人の民族的アイデンティティがどのように形成され維持されてきたかを物語る生ける証人なのである。
この塔は石と漆喰でできた建造物を超えて自由を求める人間の精神の不屈さを象徴する存在としてスコットランドの空にそびえ立っている。
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