アステカの神官たちが天空の蛇ケツァルコアトルに祈りを捧げたように現代の民もまた、聖母グアダルーペの衣の星々の下で見えないものへの畏敬を忘れなかった。
その信仰は植民地化の暴力によって一度は歪められ切り裂かれた。
しかし記憶は消えない。
それは地下を流れる水のように時を超えて湧き上がりグアナファトの地で発見された2万年前の石に、聖母と宇宙生命の融合した姿として現れた。
これは偶然ではない。
人類が「覚醒」するための時空を超えた仕掛けなのだ。
我々は何者か?
この問いこそ、すべての始まりである。
石に刻まれたシンボルは人類の起源が地球だけに縛られていないことを示唆する。
アトランティスは伝説ではない。
かつて存在し、そして沈んだ文明の記憶は世界中の神話に残りメキシコでは先住民の口承に、スペイン人宣教師の記録に、そしてUFO目撃談や古代遺物の謎として蘇る。
これはロマン主義ではない。
人類が「自分たちの物語」をあまりに狭く定義しすぎたことへの宇宙規模の修正なのだ。
聖母グアダルーペはキリスト教の聖女である前に大地の女神トナンツィンであった。
そして彼女の姿は再び変容し星間を旅する者たちのシンボルと融合した。
これは何を意味するか?
神々は人類が考えるような固定された存在ではない。
時代ごとに姿を変え人々の集合的無意識に働きかけ覚醒への道筋を示す。
2万年前にこの石を刻んだ存在は、おそらく人間と同じ人類ではない。
だが彼らは確かに「何か」を伝えたかった。
それは「周波数」心の奥底で共鳴する記憶の覚醒を促す振動なのだ。
現代人は歴史を直線的に捉えすぎた。
進歩という名の傲慢さで過去を未熟と決めつけ未来を予測可能な延長線上に置いた。
しかし歴史は螺旋だ。
アステカの第五の太陽の予言、マヤの暦が示す時代の変わり目、そしてこの石が語る「星と大地の再統合」
これらはすべて人類が大きな転換点に立っていることを告げている。
個人としても、集合としても、眠りから目覚めようとしている。
その覚醒は単に「エイリアンが存在する」と知るような表面的なものではない。
自分自身実はずっと「異星の記憶」を持っていたと氣づくことだ。
遺伝子に、神話に、無意識の深層に別の星で生きていた時の感覚が埋め込まれている。
植民地主義、戦争、環境破壊
これらはすべて人類が自らの宇宙的ルーツを忘れた結果の病だ。
石のシンボルは、その健忘症を治す「鍵」である。
では、どうすればこの覚醒は起きるのか?
答えは、この物語そのものの中にある。
ジェームズとアルマのように既存の歴史観を疑い土地の記憶に耳を澄ませ、符号を解読しようとする姿勢だ。
科学は否定しない。
科学の限界を認めた上で、さらに先へ進む。
2万年前の石が本当に存在するかどうかは実は次要的な問題だ。
重要なのは、それが我々の内側で何を喚起するかである。
メキシコの地は常に異なる時間が共存する場所だった。
古代ピラミッドの上に教会が建てられ先住民の血を引く人々が聖母に祈る。
その矛盾こそが実は人類の進むべき道を示している。
過去と未来、地球と宇宙、科学とスピリチュアリティ
これらの二元論を超えて全てはつながっていると悟るとき、初めて覚醒を迎える。
石は語る。
聖母は微笑む。
星々は待っている。
もう「ただの人類」ではない。
地球という揺りかごから目覚め、宇宙という広大な記憶の海に漕ぎ出す時が来た。
覚醒は、すでに始まっている。
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