ユダヤ国家は『偽りの起源』ハザール伝説とイスラエル正統性の戦争

最も強力で価値ある物語は証拠のない伝説の中にはない。それは厳密な検証に耐えうる事実の積み重ねの先に初めてその輪郭を現す。

この世界には歴史の綻びから生まれる物語がある。幾重にも織りなされた糸が時として人々の手で強引にほつれをほどかれ別の模様として仕立て直される。ユダヤ民族の長い流浪とパレスチナの地に忽然と現れた現代国家イスラエルという存在は、まさにそのような物語の交差点に立つ。そこで語られる「カザリア(ハザール)系」という言葉と「共産主義が建国を主導した」という主張は一見すると荒唐無稽な陰謀論のようでありながら実は歴史の断片を歪曲し再構成した、ある種の政治的な神話なのである。この神話の核心はイスラエルという国家の正統性そのものを、その民族的ルーツと思想的起源の両面から切り崩そうとする意志にある。

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まずハザール説というのは歴史の深淵から引き上げられた一つの魅力的な謎から始まる。中世、カスピ海の北に広がる草原にテュルク系遊牧民ハザールによる汗国が存在した。その支配層が8世紀から9世紀にかけてユダヤ教へ集団改宗したという事実はビザンツやアラブの記録にも残る。

この興味深い史実が20世紀後半、作家アーサー・ケストラーの手によって『第13支族』として大胆に解釈され現代のアシュケナージ系ユダヤ人は聖書の民の直系ではなく、このハザール人の子孫であるという説が広く流布した。この物語の政治的含意は明快だ。現代のシオニズムは「約束の地への帰還」という大義名分を失いパレスチナにおけるユダヤ人国家の建設は歴史的な権原を持たない殖民プロジェクトに過ぎない、という論理へと一直線につながる。

ここで歴史と科学は確実に異を唱える。21世紀に入り飛躍的に進んだ遺伝子研究はアシュケナージ系ユダヤ人のゲノムに確かに中東起源のシグナルを検出した。それは主としてレバント地方(現在のイスラエル、パレスチナ、レバノン、シリア周辺)に由来し、その後、南欧、そして東欧の集団との混合を経て現在に至ったことを示している。ハザール人集団の直接的かつ大規模な遺伝的寄与を確認する証拠は今のところ見つかっていない。これはハザール説の「完全な否定」というよりは民族の形成というものが単純な一対一の置き換えではなく複雑な交流と融合のプロセスであることを浮き彫りにする。問題は、この説が学術的な議論の域を超えて反シオニズム、時に反ユダヤ主義のレトリックの中に組み込まれイスラエル国家の存在そのものを否定するための「起源神話破壊兵器」として機能し始めた点にある。ユダヤ人を「偽りの民族」として描き出すこの物語は彼らの民族的尊厳と国家の正統性に対する根源的な挑戦となる。

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一方「共産主義がイスラエルを作った」という主張は、もう一つの起源神話への思想的起源の懐疑である。ここには確かに捉えどころのない歴史の影がゆらめいている。イスラエル建国の精神的・人的中核を担った第二次アリヤ(1904-1914年頃の移民)以降の入植者たちの多くは東欧、特にロシア帝国から来たユダヤ人であった。彼らはツァーリ支配下のポグロムとヨーロッパに広がる新しい思想の波の両方を背負っていた。マルクス主義、バベルスの思想、そしてナロードニキ(人民主義者)の実践主義が混ざり合った彼らは聖書の約束だけではなく階級のない平等な社会、共同労働によるユートピアを夢見た。キブツ(集団農場)は、その理想が形になったものだ。鋤と銃を手にした彼ら「労働シオニスト」たちは文字通り汗と土にまみれて「新しいユダヤ人」と新しい社会の建設を始めたのである。

この動きを国際政治の冷たい視線はどう見ていたか。1947年、国連分割決議が可決され1948年5月14日、ダヴィド・ベン=グリオンが独立宣言を読み上げた。驚くべきことに最初にこの新生ユダヤ人国家を法的に承認した大国の一つはヨシフ・スターリン率いるソビエト連邦であった。その思惑は複雑だった。中東から旧来の帝国主義勢力、特に英国を追い出す格好の楔となるかもしれない。社会主義的な色彩を帯びたこの国家が中東に社会主義を築くかもしれない。あるいは西側陣営に新たな問題を仕掛ける好機と見たのかもしれない。この承認はあくまで戦略的な計算の産物だった。スターリン体制下でソ連内のユダヤ人文化は弾圧されシオニズムは「反動的ブルジョア民族主義」として非難され続けていた。共産主義の本質からイスラエルが生まれたのではなく冷戦の力学が一時的に奇跡的な符合をもたらしたに過ぎない。そしてイスラエルが明確に西側陣営に組み込まれるやいなやソ連の態度は一転しアラブ諸国への武器供与と強力な反イスラエル姿勢へと傾いていった。

ではイスラエルを建国した真の主体は何だったのか。それは決して一枚岩ではない「シオニズム」という巨大なうねりそのものだった。そのうねりの中にはテオドール・ヘルツルのようなビジョンを示す知識人、東欧の町で虐げられていた大衆の切実な希望、ロスチャイルド家のようなアシュケナージユダヤ人資本家の財政的支援、ホロコーストという未曾有の惨事が生んだ国際社会の罪悪感と同情、そして英国の委任統治の破綻という現実政治の空隙が全て絡み合っていた。労働シオニストたちの社会主義的理想は建国の原動力の一つではあったが国家の青写真すべてを描いたわけではなかった。宗教的シオニスト、修正主義シオニスト(より民族主義的・軍事的色彩の強い流れ)など時に激しく対立する思想が国家の形をめぐって争い妥協し現在のイスラエルを形作っていった。

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「カザリア系共産主義が作った」という一句に凝縮される物語は、だからこそ危険なまでの説得力を持つ。それは東欧出身(ハザール説の地理的舞台)であり社会主義的傾向(共産主義の前駆)が強かった初期建設者の集団という紛れもない歴史的事実の上に意図的な解釈のヴェールをかぶせたものだからだ。それは複雑な歴史の多面体の、ただ二つの面だけを引き出し強い光を当てて、あたかもそれが全体であるかのように見せる手法である。

その影に隠れてしまうのはヨーロッパで迫害され続けた一民族の生存と自己決定をかけた必死の運動の全体像であり同時に、その土地に代々住んでいたパレスチナ・アラブ人の運命と権利である。陰謀論は往々にして歴史の悲劇を誰か悪意ある者の計画だったかのように単純化することで和多志たちが真正面から向き合うべき「なぜこのような複雑な対立が生まれたのか」という重い問いから目を逸らさせてしまう。

ハザール説も共産主義主導説も、それらが学術的議論の枠内で検討される限りは歴史解釈の一案である。それが政治的な武器として振り回され生きた人々の帰属とアイデンティティを否定するために用いられるとき歴史は傷つき現在の対話はさらに困難なものとなる。

歴史とは誰かが仕組んだ陰謀の跡を探すものだけではなく無数の人間の意志と偶然が織りなした複雑で解きがたい織物を、そのままの緊張感をもって理解しようとする不断の努力なのだ。

「最後の靴紐」転ばないように、ただ

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