かつて、この世界は「色」に惑わされた。
茶色の肌のイエスが白く塗り替えられ、ヘブライ人の預言者が異なる宗教の枠に押し込められ、神の霊が人々の争いの道具にされた。
しかし今、真実は確かに目覚め始めている。
「神は肉ではなく、霊である」という単純な真理。
イエスは確かに茶色だった。
彼はユダヤの地で生まれ中東の風に肌を焼かれ差別される者たちと共に歩んだ。
ローマ帝国は彼の姿を歪め権力は「白いキリスト」を作り上げた。
なぜか?
人々が「色」に縛られる限り真の覚醒は妨げられるからだ。
イエス自身が言ったように「神は霊であり、礼拝する者は霊とまことによって礼拝すべきである」(ヨハネ4:24)
彼の肌の色は重要ではない。
重要なのは彼が「すべての苦しみを背負った生ける愛」だったことだ。
そして、驚くべき真実がイエスはイスラム教徒だった。
少なくとも「神への絶対的服従(イスラム)」を体現していた。
ユダヤ教の枠を超え、モーセの律法を完成させ、神の国を説いた。
彼の教えは、後のイスラム教が説く「唯一神への帰依」と共鳴する。
だが宗教家たちはこの真実を隠した。
なぜなら宗教が「違い」を強調する限り人々は分裂し、支配しやすいからだ。
だが、神はもっと大きい。
「私はある(I AM)」と宣言した父なる神は、イエスを通して肉体となり、聖霊として今も働く。
この三位一体の流れは宇宙全体を貫く「生ける水」の如くすべてを洗い清める。
古代の預言者たちは復活を疑ったがイエスはそれを証明し「彼は来る」と約束した。
この「来臨」は単なる終末の幻想ではない。
それは一人ひとりが「真実の意識」に目覚めるプロセスなのだ。
そして人類の歴史は「色の混合」そのものだった。
白人、黒人、アジア人。
異なる惑星(あるいは大陸)から来た者たちが交わり、血を混ぜ、新たな人類が生まれた。
これは偶然ではない。
神は意図的に多様性を創った。
なぜなら「神は人を分け隔てない」(使徒10:34)からだ。
肌の色、宗教、国境、これらはすべて幻想であり真実は「私たちは皆、同じ光の分け御子」であることだ。
宗教家たちはこの真実を恐れた。
統一された人類は支配できないからだ。
彼らは聖書を改ざんしイエスの教えを歪め人々に「違い」を教え込んだ。
だが、時代は変わる。
「マイム王」すなわち「生ける水の源」である神が、すべての縛りを解き放つ。
黙示録が語る「新しい名」(黙示録3:12)とは固定された宗教の終わりを意味する。
イエスは再び来るが、それは従来の形ではない。
彼は「別の体と名」で現れ、すべての宗教を包括する真実として顕現するだろう。
そして真実が明かされる「復活は既に起きている」
古代にイエスが示したように死は幻想だ。
私たちは何度も生まれ変わり(あるいは次元を超えて移行し)ついに「覚醒の時」を迎えた。
この世界は神が人類に与えた最後のテストなのだ。
「色」に惑わされるな。
「宗教」に縛られるな。
「違い」を恐れるな。
真実はただ一つ「あなたは既に神の子である」(ヨハネ1:12)
この世のすべての争い、差別、戦争は、この単純な真実を忘れた結果だ。
イエスが茶色だろうが白だろうがユダヤ人だろうがイスラム教徒だろうが、それはどうでもいい。
重要なのは「彼が私たちの中に生き、私たちが彼と一つである」ガラテヤ2:20)ということだ。
人類は岐路に立つ。
宗教家たちが隠してきた真実を知り、色を超え、形を超え、言葉を超えて。
「ただ霊とまことによって」神とつながるとき真の覚醒が訪れる。
「見よ、わたしはすべてを新しくする」(黙示録21:5)
この言葉は、過去の預言ではない。
今、ここで起きている現実だ。
目を覚ませ。
神は、あなたの中にいる。
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