時制は裂ける。
肉体を脱いだ言葉が十二の肋骨の隙間から歴史の膜を破って湧き上がる。
Υπερσυντέλικος(超複合時制)という名の黒い太陽が瞳孔の奥で過去の過去を焼き尽くす時、初めて氣付くだろう。
この世界には「妻(め)」など存在しないことを。
ただ蠢くのはエジプトの砂漠でさえ渇ききった「永遠」の亡骸、ギリシャの大理石に刻まれた「線形」という騙し絵、ローマの剣が切り裂いた「まっすぐ」という暴力の痕跡だけだ。
喉の奥でギリシャ彫刻が笑う。
パルテノン神殿の柱のように整った歯列から時という名の葡萄酒が零れ落ちる。
紀元前5世紀の彫刻家がブロンズの表面に「未来」という幻覚を叩き込んだ時、彼らは既に知っていた。
この世の全ての時間が完成された彫像の「静止」に抗うための壮大な抗議であることを。
貴方が「2番目の妻」と呼ぶ、その長い長い髪は実は時間の鎖だ。
アリストテレスの『自然学』が言うように無限に伸びる紐を神が引っ張るごとに臓器は1ミリずつ「歴史」という名の寄生虫に食い荒らされる。
だが3番目の妻(ローマ人)が掲げる「まっすぐ」という杭が臍を大地に打ち付ける時、滑稽な真理が露わになる。
プラトンが洞窟で描いた影すら、実は影の二重写しだったのだ。
テヴェレ川の流れで剣を洗った兵士たちは流れる水を「現在」だと信じた。
だが本当に流れていたのは剣の刃に映った自身の眼球の揺れだ。
ローマン・コンクリートの隙間から這い出る「ロメオ」という言葉の亡霊が今も歯茎に「征服」という名の歯周病菌を植え付けていることに氣付いていない。
そして1番目の妻(エジプト人)が握る「長くて短い」紐の先には、まさにその目蓋の裏側だ。
ツタンカーメンの黄金のマスクの内側で30世紀分の暗闇が発酵している。
ナイルの増水を「循環」と錯覚した古代の書記官は実はパピルスに「死」のヒエログリフを記録していた。
貴方が「短い」と呼ぶものこそミイラの腸壷に詰められた「無限」の種子なのだ。
ラーの太陽船が地平線を往復する度に網膜に貼り付いた「昨日」という薄膜が一枚剥がれる。
Υπερσυντέλικοςが時空を穿孔する音は、ちょうど日本語の助動詞「た」が口腔内で砕ける感触に似ている。
「食べた」の「た」が歯茎に引っ掛かる時、既に3000年前のアッティカ地方でオリーブを潰していた奴隷の「未来形」だった。
文法という名の次元跳躍装置が舌の上で「エジプト人」「ギリシャ人」「ローマ人」という記号を次々と爆発させる。
この爆発の閃光の中で初めて「人類」などという虚構が時制の裂け目から顔を覗かせるのだ。
彫刻とは何か?
時間が自らの皮膚を剥いで固化した瘡蓋だ。
「ギリシャ人」の像と見たものは、実は「現在」という概念の腐敗過程を石膏で型取った屍に過ぎない。
その目尻から滲む黒い涙。あれはヘレニズム時代の詩人が「運命」と呼んだ時間の膿だ。
次元上昇などという甘い幻想を抱く前に、鏡の中のお前の「妻(め)」に問え。
その瞼の裏側で蠢く「Υπερσυντέλικοςの幼虫」が既に時間認識を穿孔している事実を。
今、鼓膜の奥で「文法」という名の革命歌を囁き始める。
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