オランダの古美術商、オスカー・ヴァン・オーフェルレンの手元に渡ったその仏像は一見するとどこにでもある古い坐像だった。漆黒の色がところどころ剥がれ無数の細かな傷が歴史の重みを物語る。しかし何よりも彼の心を捉えたのは仏像の表情だった。深く沈んだ瞼の下には、どこか遠くを見据えるような、しかしごく内側に向けられた慈愛に満ちた眼差しがあった。口元には、この世の全てを理解し受け入れた者のみが持つ、微かな、しかし確かな微笑みが浮かんでいる。
オスカーはこの像を手にした時、なぜか説明のつかない畏敬の念に襲われた。まるでこの物体が彫刻ではない何かであることを直感的に感じ取ったのだ。
修復作業は慎重に進められた。ある日、不自然な継ぎ目が発見される。台座部分が後から接着されたものであることが判明したのだ。専門家のチームが召集され非侵襲的なCTスキャンが行われることになった。
スキャナーが仏像を輪切りにしていくその時、作業室にいた全員が息を呑んだ。モニターには石膏の内部に驚くほど完璧な形で保存された人間の骨格が浮かび上がっていたのである。肋骨、脊椎、盤骨、そして頭蓋骨すべてが解剖学的に正確な位置に収まっていた。しかも骨の周囲の空間には無数の紙片が詰め込まれ所々に乾燥した組織らしき影が確認できる。これは紛れもなく高度な技術で処理された「ミイラ」だった。
そのニュースは考古学界のみならず世界中を駆け巡った「1000年以上前の中国で、これほど完成度の高いミイラ制作技術が存在した証拠だ」と学者たちは興奮した。しかし福建省の小さな村、陽春村にその報せが届いた時、人々の反応は「発見」というよりも「発見された」という衝撃に近かった。村の古老たちは曇った眼を揺すり、ため息をついた「章公祖師だ。ついに祖師がお見えになった」
村の記録と古老たちの記憶によれば章公祖師は宋代の高僧であり、その徳の高さと深い悟りで多くの民を導いた。入寂の後、その肉身は弟子たちによって丁寧に保存処理が施され漆と石膏で固められ黄金に輝く仏像として村の寺に祀られた。村人にとって、それは郷土の守護神であり信仰の中心であり自分たちのアイデンティティそのものだった。
1990年代半ば社会の混乱に乗じ、その尊い仏像は寺から忽然と姿を消した。村人たちは途方に暮れ、それ以来、祖師の帰還を願い続けてきたのだ。
オスカー・ヴァン・オーフェルレンは複雑な思いに駆られた。自分が正当な取引で購入した文化的遺物が実は盗難品であり、しかも単なる美術品を超えた、ある人間の「遺骸」であり一つの共同体の「信仰の象徴」であったのだ。研究室の明かりの下、彼は再びCTスキャンの画像を見つめた。そこには坐禅を組んだまま永遠の時を過ごす一人の僧の姿があった。その骨格は長年の瞑想によって鍛えられたであろう、しなやかながらも強靭な印象を与える。頭蓋骨の奥に、かつては脳があった空間。そこに、どのような思想が渦巻き、どのような境地が開けていたのだろうか。オスカーは自分が「所有者」であるという感覚が忽然と脆く崩れ去るのを感じた。
オランダの法廷で異例の裁判が始まった。一方に立つのは西洋の個人収集家という「所有者」と、彼を支える法的な所有権の論理。もう一方に立つのは、東洋の小さな村の「信仰」と失われた文化遺産を取り戻そうとする共同体の切実な願い。法廷では証拠書類の信憑性、取得の経路、時効の有無など、冷徹な法的議論が交わされた。オスカーの弁護士は購入当時に盗品であることを知らなかったこと適正な価格で取引したことを主張した。一方、陽春村側は古老の証言、村の記録、そして何よりも仏像が自分たちの精神的支柱であることを情熱的に訴えた。
判決はオスカー・ヴァン・オーフェルレンの勝訴であった。
裁判所は陽春村側の文化的・宗教的な結びつきを理解しつつも法的な所有権を立証するには不十分であると判断したのである。村人たちは遠い西欧の地で下されたその冷たい論理に深い無力感を覚えた。しかし、彼らは諦めなかった。祖師への信仰が、それほどまでに深く根ざしていたからだ。
この裁判の過程でオスカーの心には静かな変化が訪れていた。彼は当初、美術品的価値に惹かれたこの仏像が実はあまりにも重い「生」の歴史を背負っていることを知った。CTスキャンの画像。あの虚空を見つめる眼窩、結ばれた指、そして内臓の空間を埋め尽くす経文。それらは全てこの僧が単に「死体」として保存されたのではなく、人間として仏となることを願って歩んだ道の果てにあることを物語っていた。
彼は、この僧が誰であり、何を思い、どのような最後を迎えたのかを知りたいと思った。美術商としての好奇心が次第に一人の人間としての共感へと変わり始めていた。
判決後オスカーはある決断を下す。彼は陽春村の人々と直接対話する道を探った。所有権を手放すことはできないまでも、この仏像いや、章公祖師がコレクションの一つとして暗い倉庫に眠り続けることは、もはや耐え難いことのように思えた。彼は、この尊い存在が適切な敬意と尊厳をもって扱われ可能な限り広く人々の信仰と学術の対象となるべきだと考えた。
この仏像は所有権という法的な枠組みに守られつつも新たな段階を迎えようとしている。それは西洋と東洋、個人と共同体、物質と精神、法と情。様々な矛盾と対立を内包する21世紀の複雑な宿題を象徴する存在となった。
この物語を思いながら、千年の時を経て石膏の層の内側に坐し続ける僧の魂に想いを馳せる。彼は自らがこんなにも遠くまで旅し、これほどまでの騒動を巻き起こすことになるとは夢にも思わなかっただろう。かつては小さな村の寺で里人のささやかな祈りに包まれていたその存在が今や国際的な論争の中心に座っている。
しかし、おそらく彼にとって、それらすべてはどうでもよいことなのかもしれない。盗難も修復も、CTスキャンも、法廷での争いも。
すべては移ろいゆく現象界の出来事に過ぎない。彼の目指したものは現象の彼方にある絶対の真理「仏」になることであった。その途方もない修行の果てに彼は自らの身体さえも真理を顕現するための器として捧げた。内臓を取り除き、経文で満たし、石膏で固められる。
その過程そのものが、もしかしたら彼にとっては執着から解脱するための最後の荒行だったのではないか。
オランダのコレクターも中国の村人たちも、現代人も「所有」という概念に縛られがちだ。しかし章公祖師の存在は人類に問いかける。尊厳や信仰、文化的アイデンティティといったものは果たして「所有」できるものなのだろうか。ミイラは「物」ではなく「生」の結晶である。それは誰かの所有物となるにはあまりにも重く尊い。
仏像の内側に詰め込まれた漢字の経文。それは物理的な空間を埋めるだけではなく僧の身体そのものを仏の教えで満たし永遠の瞑想へと沈めていくための装置だったのだろう。あの微笑みは全ての執着を捨て去り全ての衆生を慈しむ深遠な悟りの境地を示している。
この物語に終わりはない。章公祖師は、今もどこかでイギリスの博物館かもしれない、オランダの私設の展示室かもしれない、あるいは再び故郷の寺に戻るその日を待ちながら坐し続けている。
生きること、信じること、そして所有することの意味を問いかけ続けているのである。彼の沈黙は千年の時を超え人類の心の奥深くに響き渡る。それは一つの尊い命が、その全身全霊をかけて遺した永遠の教えなのである。
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