「最後の靴紐」転ばないように、ただ

「フェンスの上の靴」という題名そのものが、すでにひとつの矛盾した告発である。フェンスは所有と区画を境界と排除を意味する。

その上に掛けられた靴は、もはや誰の足も保護せず、どこへも歩み寄ることを許されない物体でしかない。これはポーランドの1944年、つまりホロコーストという人類史上最も組織化された狂氣の只中で和多志たち人間性が突きつけられた残酷な問いかけなのである。

ガス室へと向かう流れの中ひざまずく母親。

その行為は死への抵抗でも神への祈りでもない。彼女はただ幼い息子の靴紐を結んでいる。警備員の怒声は彼女には届いていない。あるいは届いていたとしても彼女の内側ではるかに重要な命令、母親であるという絶対的な命令が実行されていた。

彼女の落ち着いた声「ただ彼が転ばないように」という言葉は、この場のすべての非現実性を打ち砕く鋼のように硬い現実の核なのである。ここには死の工場と呼ばれた場所において、なおも生き続ける生の秩序がある。

息子の次の一歩はもはや存在しないであろう未来の地面への一歩を、彼女は氣にかけている。この氣遣いこそが国家が設計した死のシステムに対する最も深く、そして決定的な否定なのである。

彼女は息子を死に導く効率を一秒だけ遅らせた。その一秒こそが人類の尊厳がぎりぎりで確保した計り知れない価値を持つ一秒であった。

この光景を目撃した別の囚人の証言は、さらに重層的である。彼女が「悲鳴よりも動揺させられた」という事実は人間の感情の本質を衝いている。悲鳴は、その状況では「正常」な反応である。しかし母親のあまりにも「正常」な日常的な配慮それは本来、公園で陽が照る中で交わされるべき言葉であるが、地獄の只中で発せられた時それはむしろすべてを狂氣として露呈する不氣味なまでの「非正常」なのである。

この「正常」と「非正常」の倒錯が見る者の魂を揺さぶる。それは人間であることの最後の砦が実は最も日常的な愛情の形で現れるという痛みを伴う真実を彼女に悟らせたからだろう。「息子が殺されようとも母親はまだ氣にかけていた」この一文は、あらゆる意識形態、あらゆる暴力を相対化する愛の絶対性を告げる。

死が最終的な現実であるかのように見えるその場所で母親の行動は愛という別の秩序の現実が死よりも強いものであるかもしれないと仄めかす。

そして詩は最終的に個人の悲劇から歴史の規模へと視点を移す。解放後に発見された「山積みの子供の靴」これはホロコーストのイメージとして我々の記憶に焼き付いた、あまりにも有名な物的証拠である。それは無名の無数の、そして不可逆的な喪失を物語る。

数字では理解できない規模の悲劇が、そこにある。しかし詩人は、さらに一歩、深く抉る。彼は「山積み」という匿名性の中から個別の生の痕跡「少し摩耗した靴底」を見いだそうとする。その摩耗は、ある子供が学校へ急いだ足取りの跡かもしれない。別の子供が路地で遊び地面を蹴った力の跡かもしれない。それは使用価値を失った物体に刻まれた生の証なのである。

これらの靴底は「反響している」と詩人は言う。

それは過去から現在へと響き渡る沈黙の叫びである。そして、それらは「見知らぬ子どもたちへと帰っていった」これは消滅を意味しない。それら無名の靴底、無名の生の歩みは、生き残った人類、歴史を継承する者すべての内に一種の記憶として一種の責任として「帰って」きたのである。

それらは特定の個人としてではなく可能性として失われたすべての未来の象徴として人類の共同意識の中に住み着いた。

この詩が暴露する真実はホロコーストが単なる歴史的事件ではないということだ。それは人間性が自らの中に抱える暗部が、いかにして組織的に増幅され実行に移される可能性があるのかという1つの極限のモデルなのである。そこで試されたのはユダヤ人という他者への憎悪だけではない。それは「人間」という概念そのものへの攻撃であった。そして、その攻撃に対して、ひざまずいて靴紐を結ぶ母親の姿は人間性の最も脆く、そして最も堅固な核心。他者を思いやるその能力をもって立ち向かった。

したがって「フェンスの上の靴」は過去の墓碑銘であると同時に現在と未来への鏡なのである。人類は今日、どのような「見知らぬ子どもたち」の未来を無言のうちに、あるいは能動的に「山積み」にしているだろうか。

社会の効率と名づけられた「警備員の怒声」に耳を傾け、他者の「転倒」を氣にかけるその基本的な人間性をないがしろにしていないだろうか。

この詩は人間に問いかける。

あなたの内側に帰ってきた、あの摩耗した靴底の声を、あなたは聴くことができるのか、と。その声は決して癒えることのない傷として、そして、なお可能な未来への責任として人類の足下で反響し続けている。

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