1867年6月19日、ケレタロの Cerro de las Campanas の丘で銃声が響いた。
その音は一つの時代の終わりを告げると同時に歴史の複雑な襞に永遠に刻まれる物語の始まりでもあった。
オーストリア=ハンガリー帝国の皇子であり、フランス皇帝ナポレオン3世によって押し付けられたメキシコ皇帝マクシミリアン・フォン・ハプスブルクの死は、その劇的な最期以上に死後の遺体の流浪という形で、さらなる寓意に満ちた歴史のページを追加することになる。
彼の遺体は最初から通常ではない経緯をたどった。
長身であったため棺に納めるのに苦労したという。
そして7日間も公開され人々がその血を聖遺物のようにハンカチに浸した。
すでにここに彼の死が政治犯の処刑を超えて、ある種のシンボリックな意味を帯び始めていたことが窺える。
メキシコシティを通る際には霊柩車が転覆し、雨に打たれるというハプニングまで起こる。
遺体は黒く変色し腐敗が進んでいた。
それでもベニート・フアレス政権は遺体をオーストリアに返還する前に改めて防腐処理を施すことを要求した。
それは敵対者への最低限の敬意というよりも国際的な儀礼と国内の政治的メッセージを兼ねたcalculated な行為であっただろう。
そしてウィーンへの長い航海が始まった。
214日にも及ぶ船旅は彼の生前の移動力と権勢を嘲笑うかのようだった。
フリゲート艦ノヴァラ号に載せられた遺体は、ようやく故国の土となった。
現在、ウィーンのカプツィーナー納骨堂に眠るマクシミリアンの亡骸は眠りについている。
しかし、その死後の旅程は彼の人生そのものの寓意のように思える。
落ち着く場所がない流浪の存在であったということを。
マクシミリアン1世という人物を評価することは歴史のif(もしも)に思いを馳せることでもある。
もし彼がナポレオン3世の野望の駒としてではなく純粋にメキシコ国民の意思によって皇帝に推戴されていたら歴史の評価はどう変わっていただろうか。
確かに当時としては進歩的な思想の持ち主であった。
教育改革を推進し先住民の権利を保護する法律を整えメキシコを近代国家へと導こうとする理想を確かに抱いていた。
彼の描いた青写真は確かに魅力的な部分があった。
しかし、ここに歴史の残酷な現実がある。
いかに優れた理想や政策であっても、それが外国の武力を背景とした押し付けである限り、それは国民の広範な支持を得ることはできない。
マクシミリアンの悲劇は、その理想主義がメキシコ国民の大多数の意思を無視した帝国主義の構造の中に埋もれてしまった点にある。
彼の理想はメキシコの国情や民情を十分に理解しないまま上から目線で導入されようとした。
その点で彼の統治は良き意図を持ちながらも結果的にメキシコの国民形成プロセスを歪める結果をもたらしたのである。
対照的なのがベニート・フアレスの存在である。
先住民出身であり貧困から這い上がり法律家として頭角を現したフアレスはマクシミリアンが持っていなかったある決定的なものを有していた。
それはメキシコという国とその国民に対する深い理解とメキシコの主権を何よりも重視するという確固たる信念である。
フアレスがマクシミリアン処刑という決断を下したのは残忍さや復讐心からではない。
それは外国による介入を徹底的に排除しメキシコ共和国の法と主権を守るという冷徹なまでの政治的決断であった。
フアレスにとってマクシミリアンは一個人としてではなくメキシコの主権を脅かすシンボルとして映っていたのである。
そして、この二人の男の対立の構図は現代の国際政治にも通じる普遍的な教訓を含んでいる。
それは、いかなる形であれ外国の価値観や制度を現地の文化的・歴史観を無視して一方的に移植しようとする試みは、たとえそれが善意から出たものであっても往々にして悲劇的な結果を招くということだ。
マクシミリアンの遺体の流浪は、この複雑な歴史の教訓を極めて物理的かつ象徴的な形で表現しているように思える。
彼の亡骸は故国にもメキシコにも完全に属さない中間領域を彷徨う存在となった。
それは帝国主義の時代におけるアイデンティティと所属の危機を体現しているのである。
今日、メキシコでベニート・フアレスが国民的英雄として称えられマクシミリアンが外国からの押し付けられた皇帝として記憶されている事実は、歴史の評価が最終的には国民の自己決定権を尊重する方向で下されることを示している。
しかし同時にマクシミリアン個人が抱いていた理想や改革への情熱が完全に無価値であったとは断じ得ない。
歴史の評価とは常に複数の層を持っている。
マクシミリアンの物語は理想と現実、善意と結果、個人の夢と国家の運命の間にある永遠の緊張関係を想起させてくれる。
ウィーンの納骨堂で眠る皇帝の亡骸は今もって完全な安息を見出しているのだろうか。
あるいはメキシコの地で未完に終わった自らの夢と歴史によって歪められた自分の評価について怒りと悲しみを抱えたままなのだろうか。
彼の遺体がたどった数奇な運命は歴史とは事実の羅列ではなく、そこに生きた人々の夢、挫折、矛盾、そして希望が織り成す複雑なタペストリーであることを人類に想起させてくれる。
そして、このタペストリーを読み解く作業は過去を理解するだけでなく現在の国際社会が直面する類似の課題に対処する上でも貴重な洞察を提供してくれるのである。
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