サッカラ墓地で2020年11月に発見された250個以上の彩色木製石棺は、古代エジプト末期の葬送文化を解明する上で極めて重要な発見である。

この発掘はエジプト考古省のムハンマド・ユースフ率いるチームによって行われ、サッカラ北東部の神聖動物埋葬地域近くの地下12~15メートルに位置する複数の墓坑からプトレマイオス朝時代(紀元前332~30年)を中心とする石棺群が良好な保存状態で出土した。

石棺は輸入材のレバノン杉と地元産のアカシア材を巧みに組み合わせた構造で、天然顔料を用いた鮮やかな装飾が施されており特に天空の女神ヌトや生命の象徴アンクなどの宗教的モチーフが特徴的です。
発見された石棺の内容物は多岐にわたり、30~50代と推定される男女のミイラには、当時の高度なミイラ化技術が確認できる。
脳の鼻腔経由除去やピッチを使用した防腐処理など、新王国時代から継承された技術に加えギリシャ文化の影響を受けた新しい特徴も見られる。
副葬品としてはブロンズ製の神像(アヌビス像や珍しいイシス=ハトホル合体神像)完全な形で残された『死者の書』のパピルス、ファイアンス陶器製の護符などが含まれ、被葬者の社会的地位や信仰の深さを物語っている。
特に注目されるのは、X線分析によってミイラの体内から発見されたカルセドニー製スカラベや、歯科治療の痕跡といった日常生活の情報である。
サッカラ墓地はメンフィスが衰退したプトレマイオス朝時代においても重要な宗教的中心地として機能し続け、この発見はエジプト人司祭階級とギリシャ人支配層の文化融合の実態を具体的に示す貴重な証拠となっている。

近年のCTスキャンやDNA分析などの科学的調査により、当時の健康状態(動脈硬化症やマラリア感染の痕跡)や工人の技術的特徴(工具の使用痕から推定される右利き優位の傾向)など、新たな知見が次々と明らかになっています。
しかしながら未開封の石棺の扱いや埋葬集団の血縁関係、副葬品の原料産地など、解明すべき課題も多く残されている。
この発見の真の意義は、単に美しい遺物が出土したという点にあるのではなく古代エジプト末期の社会が抱えた文化的・宗教的変容を実物資料を通して立体的に理解できる点にある。
サッカラは各時代の遺構が層をなす「エジプト史の断面図」としての性格を持ち、現在も早稲田大学をはじめとする国際チームによる調査が進行中である。
今後の研究次第では、ヘレニズム時代の地中海世界における文化交流の実相をさらに深く解明する手がかりが得られる可能性を秘めており、この発見は今後数十年にわたって学界に新たな展開をもたらし続けるであろう。

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