「天使の庭」の深層 Taman Dedari、Rsi Markandeyaの幻視が現代に降臨する場所
バリ島の中心、ウブドの北西Ayung川の深い谷間にひっそりと息づくTaman Dedari。その名は「庭」を意味する「Taman」とバリ語で「天女」や「天使」を指す「Dedari」からなる。この名称は美称を超え島の精神史の深層に根ざしている。それは8世紀、あるいはそれ以前にこの地を訪れたとされる伝説的聖者、Rsi Markandeyaの霊的体験へと時空を超えて直結する呼び名なのだ。
Rsi Markandeyaはジャワ島からバリへと渡った高僧である。伝承によればジャワのディエン高原からラウン山を越えバリ島に到達した。当初はタロ村(現在のウブド北方)に滞在したが集団を襲った疫病によって多くの同行者が倒れ生き残った者たちを率いて再上陸を果たす。その苦難の旅路の果て辿り着いたのが現在のAyung川の合流点付近であった。そこで強烈な霊的エネルギーを感じ深い瞑想に入った。そして瞑想の中で見たものは天から降りてくる無数の美しい天女「dedari」たちの幻視だった。その輝きに打たれ、この川を「美しい」を意味する「Ayu」と場所を示す接尾語「ng」を組み合わせ「Ayung」と命名したという。さらにこの聖なる領域を「神々の地」を意味する「Ke-dewata-an」と呼び、それが時の流れの中で訛り現在の「Kedewatan」という村名となった。
Taman DedariとはAyung川のほとりで聖者が見た天女たちの記憶を現代の石と緑によって再現し具現化した場所なのである。2021年1月9日に正式にオープンしたこの庭園はThe Royal Pita Mahaの敷地内に位置し、その誕生にはPuri Ubudの長老Ida Tjokorda Gede Raka Sukawati氏や現バリ副知事であるCok Ace氏らが深く関わったとされる。彼らの意図は観光施設の創出ではなく失われつつあるバリの伝統文化を保存しバリ・ヒンドゥーの根本哲学である「Tri Hita Karana」神々、人間、自然の三者の調和と平衡を現代において可視化し体現することにあった。
園内に林立する約50体の大型デダリ像と42体の小型像の配置は深遠な宇宙観に裏打ちされている。それらは一つひとつの像が身にまとう衣装の彫刻は古典的なバリ王族の装束を細部まで再現し、そのポーズは伝統舞踊のムドラ(印相)やガムランのリズムを思わせる動的バランスを取っている。そしてそれらの配置はAyung川の流れを聖なる軸として天女たちが天界から川面へと降り立ち、さらに地上へと祝福を広げて行くかのような放射状かつ螺旋状の広がりを見せている。
これはまさにバリ・ヒンドゥーの世界観そのものの写し絵である。混沌(海)と秩序(山)の狭間、三界(天界・人間界・地下界)が交差するこの場所は聖なる存在が俗界に降臨する瞬間を永遠に固定しようとする試みなのだ。夕暮れ時、低く差し込む金色の光が像の優雅な曲線をなぞる時、硬質な石像がまるで柔らかな息をし始めたかのように感じられるのは偶然ではない。これらの対比が織りなすハーモニーはバリ哲学の核心である「Rwa Bhineda」相反する二元性の調和そのものを巨大なスケールで視覚化したインスタレーションなのである。
現代に生まれたこの「再解釈された聖域」は複雑な現実の中に置かれている。その神秘的な美しさが広く知られるようになり多くの訪問者を集める観光地となった今、Taman Dedariは逆説的にその根源にある「静寂」を失いつつある側面も否めない。インスタグラム映えする写真を求めて像の周りに群がる人々、空を舞うドローンの音、予約で埋まるレストランの席。それでもなおAyung川の絶え間ないせせらぎとジャングルが放つ湿り氣を帯びた生命の息吹は訪れる者一人ひとりに無言の問いを投げかけ続けている。
「ここにある芸術は、ただ鑑賞するための対象なのか?それとも、それを通じて何かを感じ、内省し、自らが変容するための媒介なのか?」
「この自然と信仰が調和した景観は観光という経済活動の資源へと還元されて終わるのか?あるいは、そうした世俗の喧噪を超えて、なお和多志たちの精神を揺さぶり深い思索へと導く力を保ち続けるのか?」
その幻視の中に目に見える世界(sekala)と見えない世界(niskala)が交わる神聖なエネルギーを感知し、その体験は後のバリの灌漑システム(subak)や共同体制度(banjar)の精神的礎の一つとなったといわれる。現代に誕生したTaman Dedariは、その原初の精神を現代の技術と芸術性をもって石に刻み緑の庭園に溶かし込み再び和多志たちの前に提示する巨大な問いかけなのだ。「あなたは今、この場所で、いったい何を見ているのか?」と。
訪れるのであれば、その深みに少しでも触れるための知恵がいくつかある。
最も神々しい時間は日没前後の所謂「ゴールデンアワー」である。斜光が石像に陰影と温もりを与え、その表情は一日の中で最も豊かに、そして神秘的に変化する。園内のレストランでは極薄で香ばしい皮が特徴の「Dedari Crispy Duck」や伝統料理「Betutu Chicken」をスモークで仕上げたもの、そしてフロントでひっそりと販売される濃厚な「Durian Ice Cream」が隠れた名品として知られる。写真にその神髄を収めたいなら像の背後からAyung川の流れとジャングルを前景に入れる構図が奥行きを生み出す。混雑を避け静寂を味わいたいなら夕食時の予約混雑が続く現状において意外にも昼後の14時から16時頃が比較的空いている時間帯となる。
Taman Dedariは、もはや観光地ではない。それは古代の聖なる記憶を呼び起こし現代を生きる人類に内省を促す一種の「現代の瞑想装置」と言えるかもしれない。Rsi Markandeyaがその深遠な幻視を得てからおよそ1200年の歳月が流れた。しかし天使あるいは天女たちの存在は今も変わらずAyung川の悠久の流れの傍らに降り立ち訪れる者を賑わいと静寂の狭間から優しく、しかし厳しく見つめ続けているのである。
ヤシの実ってあんまり美味しくないんだね。。 pic.twitter.com/C5yjC8LceE
— 能𠀋 健 (@blow_kk) July 15, 2013
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