グラナダのアルハンブラ宮殿はイスラム藝術がその精神性と美的完成度において極北に達した場所であり訪れる者を深い時の中へと沈黙させる。ライオンの中庭では十二頭の大理石の獅子が時を超えて水を噴き上げ、その音は玉座の間であるコマレス宮殿の壁面を埋める無数のアラベスク模様と精緻な彫刻と共に石に刻まれた詩篇そのものとなっている。
隣接するヘネラリフェ離宮は水路が奏でる涼やかな旋律と糸杉やオレンジの樹が織りなす幾何学的な庭園によって地上に現出した楽園の原風景を提示する。そしてアルカサバの砦からグラナダの街並みと宮殿の全景を一望するとき、そこにはかつてナスル朝が夢見た最後の王国の威容と、その夢の涯てを見るような感慨が広がる。
しかしスペインに息づくイスラムの記憶は、このグラナダだけに閉じられたものではない。コルドバに聳えるメスキータは赤と白の二重アーチが延々と連なる無限の列柱の森であり、その視覚的リズムが生み出す恍惚と陶酔の空間は、かつてこの地が西方イスラム世界の中心であったことを物語る。
そしてその中心に後年あたかも歴史の断面図のように嵌入したキリスト教の大聖堂は力強い尖塔と荘厳な内陣をもって二つの信仰と文化が衝突し融合した重層的な歴史の証人である。さらにセビリアでは街の象徴であるヒラルダの塔が、かつてはモスクの光塔として人々を祈りに招いた過去を、その優美な姿で語りかける。そしてセビリアのアルカサルはキリスト教君主の下、イスラム職人たちがその魂を刻み続けたムデハル様式の粋を集めた宮殿でありアラベスクが絡み合う華麗な壁面と水の音が絶えることのない庭園はキリスト教とイスラム文化が複雑に交わり、時に争い、時に共生したイベリア半島の歴史そのものを映し出している。
トレドの街は、こうしたグラナダやコルドバ、セビリアとはまた異なる奥行きを見せる。三方を川に囲まれた岩山の上に築かれたこの「三文化の街」では、キリスト教の大聖堂、イスラムのモスク跡、ユダヤ教のシナゴーグが狭く入り組んだ石畳の路地の中で互いの痕跡を認め合い、まるで一冊の分厚い歴史書のページを歩んでいるかのような錯覚を覚えさせる。ここではそれぞれの文化が単に並存するのではなく密やかに浸透し合い、ひとつの独特で芸術的な氣質を街全体に醸し出している。
こうしてスペインはヨーロッパにありながら訪れる者をイスラム藝術の深遠な世界へと誘う比類なき回廊となる。アルハンブラの優雅で瞑想的な美、メスキータの圧倒的で荘厳な空間、そしてキリスト教王権の下で花開いたムデハル様式の驚くべき調和。これらは歴史の荒波をくぐり抜け時を超えてなお輝き続ける人間の創造力の結晶なのである。
それらは訪れる者一人一人の心に、はかり知れない感動と、複雑に層をなす歴史のロマンを深く刻み込んでいく。
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