一見すると貧しい身なりの男性が写るこの写真。
彼は貧乏人でも物乞いでも浮浪者でもありません。
この人物こそレフ・ニコラエヴィチ・トルストイ。
ロシア文学を代表する文豪であり『戦争と平和』や『アンナ・カレーニナ』といった不朽の名作を生み出した巨人です。
世界中でその名を知られるトルストイですが、この質素な姿に隠された驚くべき物語を知る人は意外にも少ないのです。
精神的な危機と転換点
トルストイが50歳を迎えた頃、彼の人生は大きな転換点を迎えていました。
この時期、彼は深刻な精神的な危機に直面していました。
伯爵という貴族の身分に生まれ、広大な領地と莫大な財産を所有し、文学者としてロシア国内のみならずヨーロッパ中で称賛される存在だったにもかかわらず彼の心は深い空虚感に苛まれていました。
理由のない悲しみが彼を襲い生きる意味を見失いかけていたのです。
「富とは何か?権力とは何か?」
トルストイは自問自答を繰り返しました。
「私は富と権力を持つ者たちを見てきた。また、それらを失った者たちも。健康でさえ、本当に重要だろうか?希望に満ちた病人と、絶望に沈む健康な人々を見てきた」と。
彼の成功と富は、かえって内面の空虚感を際立たせ人生の意義を模索するきっかけとなりました。
孤児との出会いと内面の変化
ある秋の日モスクワのアファナシエフスキー通りを歩いていたトルストイは寒空の下で震える孤児と出会いました。
その子の姿に強い衝撃を受けた彼は迷わずその子を自宅に連れ帰り暖かい食事と衣服を与えました。
このささやかな行為がトルストイの内面に劇的な変化をもたらしたのです。
長年続いていた憂鬱な氣分が不思議と晴れ他人を助けることで初めて安らぎを感じました。
「自分自身の悩みを忘れ、他人のために行動することこそが、心の平穏をもたらす」と彼は悟ったのです。
この体験をきっかけにトルストイは自分の生き方を根本から見直す決意をしました。
それまでの豪華な生活を捨て質素な衣服をまとい領地の農民たちと一緒に労働する生活を始めました。
ぜいたくな食事をやめ財産の大部分を貧しい人々に分け与え農民の子どもたちのために学校を設立するなど教育の機会を提供することにも力を注ぎました。
行動で示す信仰と非暴力の思想
トルストイはこう語っていました「宗教や慈善、愛について語るな。行動で示せ。行動こそが真の信仰であり慈愛なのだ」と。
この思想は、やがて「非暴力・不服従」の概念として結実し後の時代に大きな影響を与えることになります。
彼は権力や暴力を徹底的に批判し、すべての人間の平等と友愛を説きました。
この思想は遠くインドのマハトマ・ガンジーに強い影響を与えインド独立運動の精神的支柱となりました。
ガンジーはトルストイと直接手紙を交わし、その思想に深く共鳴していたと言われています。
トルストイの変貌は周囲の人々には理解しがたいものでした。
貴族でありながら農民のような生活を送り財産を分け与える姿は常識からかけ離れていました。
ある者は彼が正氣を失ったとさえ考えました。
「すべての物、すべての人、そして人々の絆が重要だ」と説くトルストイの思想は当時の社会通念と大きく対立していたのです。
友人の訪問とトルストイの信念
ある寒い日、トルストイの元に古い友人が訪ねてきました。
ぜいたくな生活を続けるその友人はトルストイの質素な姿に驚きを隠せませんでした。
「レフ、これはどういうことだ?お前は伯爵だろう?なぜこんなみすぼらしい格好をしている?他人ばかり氣にして自分はどうするつもりだ?」と友人は問いました。
トルストイは答えました。
「私は痛みを感じる生き物だ。そして他の人々も同じように痛みを感じる生き物なのだ。他人の痛みを無視して自分だけの幸せを追求することはできない」と。
この言葉には彼の思想の核心が込められていました。
自己中心的な欲望を超え他者への共感に基づく生き方を追求する姿勢が、そこにはありました。
家族との軋轢と最期の旅
トルストイの変貌は家族関係にも影響を及ぼしました。
特に妻のソフィアとは価値観の違いから次第に溝が深まり晩年は複雑な家庭事情に直面しました。
それでもトルストイは自分の信念を貫きました。
1910年10月28日、82歳の彼は家を出て放浪の旅に出ました。
これは自身の理想を最後まで追求するための決断でした。
旅の途中トルストイは肺炎を患いアスタポヴォ駅の駅長官舎で息を引き取りました。
最期の瞬間まで彼は質素な生活を守り他者への思いやりを忘れませんでした。
死の床でも彼は周囲の人々に感謝の言葉を述べ穏やかな表情でこの世を去ったと言われています。
トルストイの遺産と現代への問い
トルストイの人生と思想は現代の人類に多くの問いを投げかけます。
本当の豊かさとは何か?他人への思いやりとはどういうことか?どうすればより公正な社会を築けるのか?
これらの問いは21世紀の今もなお色あせていません。
彼の思想は文学や哲学を超え人権活動や平和運動に影響を与え続けています。
トルストイの生家や墓は今も多くの人々が訪れる場所となり彼の遺した言葉と行動は時代を超えて人類に語りかけます。
「もし善が原因を持っているとしたら、それはもはや善ではない。もしそれが結果を持っているとしたら、それもまた善ではない。だから善は因果の連鎖の外にあるのだ」というトルストイの言葉は彼の思想の核心を象徴しています。
見返りを求めず、ただ他者のために行動すること。
それこそが彼が生涯をかけて追求した生き方でした。
一枚の写真が語る深い物語
一枚の質素な写真からは想像もできない深く豊かな物語がそこにはありました。
トルストイが追い求めたのは外見上の富や名声ではなく人間としての内面的な豊かさと他者への共感でした。
彼の選択は物質主義が支配する現代社会に生きる人類に生きることの本質を問いかけます。
一見貧しく見えるその姿の背後には富と名声を捨てて人間の本質を追求した偉大な思想家の物語が隠されていたのです。
トルストイの人生は歴史の断片ではなく現代を生きる人類に善と共感に基づく生き方を考えるきっかけを与えてくれます。
彼の遺した思想と行動は今もなお世界中で生き続け公正で平和な社会を築くための指針となっています。
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