大理石の冷たさは数千年の時を超えても決して消え去ることがなかった。
それは紀元前560年のナクソスの陽光、エーゲ海の潮風、そして無数の祈り、その分子の一つ一つに封じ込めているかのようだ。
この巨大なスフィンクス像は、アテネ国立考古学博物館の空間に佇み訪れる者を古代ギリシャの神秘的な世界観へと誘う。
その存在は、ある文明の栄華とそれを支えた人々の信仰の厚さを雄弁に物語る生ける証人なのである。
その物語は、エーゲ海に浮かぶ豊かな島、ナクソスから始まる。
島は良質な大理石の産地として名高く、優れた工匠たちを数多く擁していた。
硬い石塊に命を吹き込み神々の寵愛と都市国家の威信をかたちにする術に長けていた。
そして紀元前560年という時代、ナクソスはまさにその絶頂期にあった。
海運と貿易で蓄えられた富は、人々に芸術を育む余裕と神々への深い感謝の念を与えた。
その感謝と栄光を目に見えるかたちで示すため最大級の奉納品を制作することを決意する。
それが、この世に類を見ない巨大なスフィンクス像であり、それを支えるイオニア式円柱であった。
工匠たちは丹念に大理石を選び鑿と槌を握った。
その手には、仕事を超えた神聖な使命が感じられていたに違いない。
完成した彫像は、ナクソス島の人々の手によって神々が宿る島、デロス島のアポロン聖域へと運ばれた。
デロス島は、太陽神アポロンと月の女神アルテミスの生誕の地として知られギリシャ世界において最も神聖視される聖域の一つであった。
そこへ奉納される贈り物は当然ながら並々ならぬものでなければならない。
ナクソスの人々が選んだのはエジプト神話に由来する神話上の動物、スフィンクスを模した彫像であった。
それはエジプトの無機質な巨像の単なる模倣ではなかった。
ギリシャの工匠たちは異国のモチーフを独自の美意識で徹底的に再解釈し昇華させた。
そこに誕生したのは、女性の頭部、ライオンの体躯、そして大きく羽ばたく鳥の翼を備えたアンドロスフィンクスと呼ばれる形式の存在であった。
その顔は、まさにこの時代のギリシャで発展した古風な像、コライそのものの面影を宿している。
整えられた髪型、大きく見開かれたアーモンド形の眼、そしてほのかに口元をほころばせた、いわゆる「アルカイック・スマイル」
それは神々への畏敬と人間の生命力が絶妙な均衡で融合した古風期ギリシャ美術の真髄であった。
この微笑は不可解な謎を投げかける恐ろしい怪物というよりも、神々の世界と人間の世界を優しく厳格に見守る守護者的な性格をこのスフィンクスに与えている。
それはエジプト的な神秘主義とギリシャ的な人間主義の見事な融合の結晶と言えるだろう。
そして、この像の真の偉大さは、その単体の造形美だけではなく全体の構成にあった。
スフィンクスは地上に直接据えられたのではなかった。
工匠たちは細やかな装飾が施された優美なイオニア式円柱を見上げるほどの高さ、およそ十メートルにわたって彫り上げた。
そして、その円柱の頂上、首都と呼ばれる部分に、このスフィンクス像を据え付けたのである。
像の下部は構造的に柱頭の一部として機能するように計算され造られていた。
つまり、このスフィンクスは巨大な円柱の完結部であり頂点に輝く冠なのであった。
想像してほしい。
デロス島の聖域に立った者が見上げた光景を。
紺碧の空を背景に白亜の円柱がまっすぐに天へと伸び、その頂点で優雅に翼を広げる神獣。
陽光を浴びて輝く大理石は、神の顕現のようであり、はるか下方からは、その微笑の詳細までは見えなかったかもしれない。
しかし、その威容と神々の領域へとまっすぐに伸びる円柱の存在感は訪れるすべての者にナクソス島の富と技術力、そして何よりも神々への深い信仰の大きさを圧倒的な説得力をもって伝えたに違いない。
それは奉納品ではなく一種の宣言でありナクソスというポリスの文化的アイデンティティそのものを天空に掲げた記念碑的建造物であった。
時は流れ、ギリシャ世界は栄華と衰退を繰り返しローマの支配下に入り、やがてキリスト教の時代へと移り変わっていく。
かつて聖域で燦然と輝いていた数々の奉納品は忘れ去られ、あるいは破壊され大地の下に埋もれていった。
ナクソスのスフィンクスもまた、その例外ではなかった。
長い眠りは十九世紀後半という比較的近年まで待たねばならなかった。
考古学者たちの手によってデロス島の遺跡から発見された時、それは無残な断片の山と化していた。
かつて天空を翔けていた翼も優雅に微笑んだ顔も大地の下でバラバラに砕け散っていた。
その一片一片が古代の工匠たちの卓越した技量を物語っていた。
発掘と慎重な研究、そして丹念な修復作業を経て、このスフィンクスは再びその姿を現世に示すこととなった。
もはや十メートルの円柱の頂点に立つことはないが博物館という新たな場において訪れる人々に語りかけるのである。
このスフィンクスが体現するものは、異文化を受容し自らのものとして消化し、さらに高みへと昇華させるギリシャ文化のしたたかで柔軟な精神そのものである。
エジプトという古くからの文明の象徴であるスフィンクスというモチーフを自らの美の規範であるコライの顔を持った守護神へと変容させた所以である。
さらに、この像の周囲には後世に語り継がれる福音書の概念やオイディプスの伝説といった謎と知恵、そして救済と悲劇の物語が見えないオーラのように漂っている。
スフィンクスはギリシャ神話においては謎をかけ、それを解けぬ者を滅ぼす恐ろしい存在としても語られる。
このナクソスのスフィンクスは破壊者というよりは神々の知恵と人間の英知を繋ぐ媒介者、あるいは聖域そのものを象徴する慈愛に満ちた存在として建立されたのではないだろうか。
オイディプスが遭遇したスフィンクスは恐怖の対象であったが、ここデロスに立つスフィンクスは逆に難題や苦難に直面した人間が神々の加護と自らの知恵によってそれを乗り越え救済へと至る希望の象徴として機能したのかもしれない。
今、人類は博物館の展示室で、その完全な姿とは言い難い状態ながらも悠久の時を経てなお色あせない威厳を放つスフィンクスと向き合う。
欠けた部分は逆説的に、それが数千年という圧倒的な時間の流れを生き延びてきたことを物語る勲章のようにも思える。
その大理石の冷たさは単なる物質の温度を超え歴史そのものの重みとでも言うべき感触を手に伝える。
それは、ナクソスの工匠の鑿の音、デロス島に響く祈りの合唱、そして無数の人々の嘆息や驚嘆の声を記憶として封じ込めた比類なき古代の遺産なのである。
ナクソスのスフィンクスは美術品としての評価を超え一つの文明がその頂点に達した瞬間の純粋で力強い「生」の証人として力強く現代にそのメッセージを送り続けている。
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