パタゴニアの風はティエラ・デル・フエゴの凍てつく海岸を今も駆け抜けている。
その息吹はセルクナム族がかつて狩りをし歌を歌いハインと呼ばれる神聖な儀式を執り行った大地を撫でる。
世界の最果てで星と雪と海の声を聞きながら生きていた。
背が高く、逞しい身体で極寒の風に耐えチョン語で語り合い、火を囲んで伝説を紡いだ。
先住民は、この土地の一部であり土地もまた先住民の一部だった。
19世紀の終わりヨーロッパから来た者たちは、彼らを「未開」と呼び、その命を数字で数え始めた。
1889年、チリ政府の同意のもとセルクナム族が船に乗せられ海の向こうの見世物小屋へと連れ去られた。
パリやロンドンの人間動物園で檻の中に入れられ見物人の好奇の目に晒された。
1日に6回、8回と「野蛮人の演技」を強要され身体は計測され魂は傷つけられた。
先住民はパタゴニアの自由な風を知っている者たちだった。
異国の石造りの牢獄で何を思ったのか。
同じ頃、フエゴ島では羊牧場主たちが先住民の土地を奪い耳や手首に賞金をかけた。
サルミエントの「文明化」という名の暴力、ジュリオ・ポッペルの冷酷な虐殺、マタンサス湾で流された無言の血。
セルクナム族は、銃と鉄の前に立ち向かったが弓矢は近代の残忍さには敵わなかった。
1919年かつて数千人いた民族は297人にまで減った。
1945年その数は25人。
そして1974年、アンジェラ・ロイジという名の最後の女性が息を引き取った時、セルクナムの血は公式にはこの世界から消えた。
だが、本当に消えたのか?
パタゴニアの風は彼らの声を運んでいる。
チリとアルゼンチンの都市の片隅で、混血の子孫たちが自分たちのルーツを探し始めている。
2000年代、彼らは「セルクナム民族再建運動」を起こし、奪われた名前を取り戻そうとしている。
2019年、チリ政府はついに謝罪した。
遅すぎた謝罪。だが、記憶が消えない限り民族は死なない。
人類は、この歴史から何を学ぶべきか?
セルクナム族の悲劇は単に過去の蛮行ではない。
それは「進歩」という名の傲慢「文明」という名の暴力が、どれほど多くのものを破壊したかを問いかける。
先住民は自然と共生する知恵を持ち共同体を尊び目に見えない精霊たちと共に生きていた。
失われたものは人類全体の損失だ。
パタゴニアの風は今も歌を運んでいる。
その声に耳を澄ませるべきだ。
記憶を語り継ぎ同じ過ちを繰り返さないために。
セルクナム族の魂は、まだパタゴニアの大地を歩いている。
人類が忘れない限り永遠に生き続ける。
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