人類の歴史は、常に「越えてはならない境界」への挑戦の連続だった。
エノク書が描く堕天使ウォッチャーズの伝承は彼らが天界の禁断の知識を人間に授けネフィリムと呼ばれるハイブリッドの存在を生み出したという物語。
現代の遺伝子工学やAI開発が直面する倫理的ジレンマと驚くほど相似している。
古代の粘土板に刻まれたこの神話は単なる宗教的寓話ではなく人類の本質的な欲望と恐怖を象徴する原型(アーキタイプ)として今日の科学技術時代に新たな解釈を求めている。
豚と人間の遺伝子が98%近く一致するという事実に違和感を覚えるのは我々の深層心理に「種の純粋性」への執着が潜んでいるからだろう。
クムラン洞窟で発見された「巨人の書」が描写するネフィリムの光る目や異形の身体は現代で言えば遺伝子編集技術「CRISPR-Cas9」で誕生した発光する猿や、ヒト-動物キメラ胚の研究を連想させる。
メアリー・ダグラスが『汚穢と禁忌』で指摘したように文化の分類体系が混乱する時、人類は本能的に「穢れ」を感じる。
だが皮肉なことに豚の心臓弁を移植された患者やマウスに培養されたヒト臓器は、すでに神話時代の「禁断の融合」を医療として日常化している。
このパラドックスこそが人類の次の進化段階を考える鍵となる。
1エノク7章に記される「巨人たちの共喰い」は遺伝子ドライブ技術で特定遺伝子を強制的に拡散させた場合の生態系崩壊を予見したかのようだ。
フィリップ・K・ディックが『ヴァリス』で問うた「神々の遺伝子コード」という概念は現代ではヒトゲノムの「ジャンクDNA」と呼ばれる未解明領域に潜む可能性へと発展した。
実際、ヒトとチンパンジーの遺伝子差が1.2%しかない事実は古代人がわずかな形態変化(例えば体毛の減少や直立歩行)を「神々との交わり」と解釈した背景を説明する。
では、このような神話的想像力と科学的現実の交差点で人類はどのように「大いなる発展」への道を切り開けるのか?
答えは二つの知の体系、ユダヤ教神秘主義のカバラが追求した「生命の樹」と現代システム生物学が描く「タンパク質相互作用ネットワーク」の統合にある。
中世の錬金術師が求めた「ホムンクルス」の創造はiPS細胞を使った人工臓器培養として実現しつつある。
エノク書が警告した「堕天使の技術」の暴走は今日では「AI倫理ガイドライン」や「ゲノム編集国際規約」という形で予防が試みられている。
重要なのは進化とは単なる「突然変異の蓄積」ではなく意識的な自己超越のプロセスだということだ。
ネフィリム伝承が喚起する「不気味の谷」効果。
人間に近づきすぎた存在への本能的な拒絶を乗り越えるためには新たな倫理枠組が必要となる。
例えばキメラ技術を「臓器供給の手段」と見なすのではなく生物多様性の新次元として捉え直す視点だ。
ウォッチャーズの神話が教えるのは知識そのものが危険なのではなく、その適用に伴う「傲慢(ヒュブリス)」が破滅を招くという真理である。
21世紀の人類は遺伝子とバイト(情報単位)の両方を操る初めての世代となった。
古代エノクが「天使たちから学んだ」という天文学・冶金術・薬草学は今や量子コンピューティング・ナノテクノロジー・合成生物学へと進化している。
この途方もない力を「第二のネフィリム」創造に費やすか、それとも病と貧困の根絶へ向けるか。
選択は我々の集合的意志にかかっている。
最後に想起すべきはエノク書の奥義が「万物の調和」を説いていた事実だ。
カバラの「ティクン(宇宙修復)」概念のように科学技術の究極目標は「生命の網の目」全体を強化することにある。
豚の臓器移植が救う命、AIが解読する古代文書、CRISPRが修正する遺伝病。
これら全ては、単なる技術的成果ではなく人類が神話時代から続けてきた「境界溶解の冒険」の新たな章なのだ。
未来はウォッチャーズの堕落でもネフィリムの暴走でもない。
遺伝子の螺旋階段を登りつつ星々の知性と握手する。
そんな第三の道が彼方に微かに輝いている。
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