太陽が砂丘を金色に染める頃、サハラの風は古代の物語を運び始める。
リビア砂漠の奥深くトリポリから南へ1300キロ。
地図からも見失われそうな領域にWadi Tiqawwitは眠っている。
人々はここを「惑星の谷」と呼ぶ。
それはまさに大地が宇宙の記憶を宿す場所であった。
遥か遠くサハラを彷徨うトゥアレグ族のキャラバンの歌には、この谷の秘密が織り込まれている。
何世紀にもわたって星を道標としてきた彼らにとって、この地に転がる巨大な球体は単なる岩ではない。
祖先が星座に託した神話が石という形で地上に降り立ったものだ。
長老たちは夜空を見上げながら石が成長し動き、時には子を産むという不思議な物語を語り継いでいく。
科学者たちのハンマーが岩を叩く音は、この地に新たなリズムをもたらした。
彼らは顕微鏡を覗き風化のプロセスを計測し砂岩と粘土と炭酸カルシウムの謎を解き明かそうとする。
水分を吸収して膨張する現象は「重合成長」と名付けられ、ゆっくりとした移動は凍結と融解のサイクルで説明されようとした。
しかし、どの理論もトゥアレグ族が感じる岩の生命力までを計測することはできなかった。
時は流れ、ルーマニアの丘陵地帯で類似の岩「トロヴァンツ」が発見されたとき学者たちは驚愕した。
数千キロ離れた地に同じように成長する岩が存在する事実は地質学の常識を超えていた。
コステシュティの村人たちは石に魔法の力があると信じ幸運のお守りとして崇めた。
リビアの遊牧民とルーマニアの農民は決して交わることのない二つの文化が同じ地球の神秘に魅了されていた。
今日、惑星の谷を訪れる旅人は少ない。
砂漠の過酷な気候と政情不安が人々の足を遠ざける。
それでもなお、この地を目指す者たちがいる。
彼らはトゥアレグ族のガイドと共にラクダに揺られ灼熱の大地を越えてゆく。
その場所に立った時、誰もが言葉を失う。
眼前に広がる光景は、まさに別世界だ。
直径十メートルにも及ぶ無数の球体が果てしなく続く岩床に点在している。
風が磨き上げたそれらの表面は滑らかで夕陽を受けて深い影を落とす。
ここでは時間の感覚が変容する。
千年が一秒のように感じられ、同時に一秒が千年の重みを帯びてくる。
ある考古学者は言う。
「この谷は地球という惑星が自らの物語を語る声だ」と。
トゥアレグ族の星への讃歌、科学者の解明への情熱、旅人の畏敬の念。
すべてが交わり、この空間を形作っている。
深い夜、砂漠の冷氣が立ち込める中、岩々は月光で輝いている。
まるで本当の星々のように。
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